文・五十畑 裕詞

第5回
麦次郎、年に一度の受難



 ちんこ揉むな。
 くつろいでいるときに、いきなりヘラヘラ笑いながらちんこ揉むな。
 毎年十一月の終わりくらいになると、けいぞうねーちゃんのたんじょう日をオイラのウチで祝うのが恒例になってる。けいぞうねーちゃんはミホちゃんやユウさんと仲がいいから、ときどきウチに来る。そしてオイラと遊んでくれる。けいぞうねーちゃんはやさしく遊んでくれるから好きだ。でもな、でもな、このたんじょう日会のときにけいぞうねーちゃんといっしょにやってくる、おいちょすねーちゃんはやさしくないんだ。おいらをおもちゃにするんだ。そしてちんこを「これでもかっ」てなくらいに揉み揉み揉み揉みするんだ。おまけに「ムギくん、タマタマがないねーっ」とかいって大笑いするんだ。馬鹿にするんだ。オイラだって、好きでタマ取ったわけじゃないのに。うう。
 ミホちゃんはいつも爆笑している。「ねこにセクハラ〜」とか、オイラには意味がよくわかんないことばを連発しているだけで、ぜったいに助けてくれないんだ。なんでちんこを揉まれて苦しんでいる姿がそんなにおかしいの? オイラには全然理解できないよ。
 ちんこ揉みに飽きると、おいちょすねーちゃんはオイラのおもちゃ箱からふっさりと毛の生えたぬいぐるみとか棒とか引っ張り出して、オイラに戦いを挑む。「むぎむぎむぎむぎ〜」とかいいながら、ぬいぐるみをオイラの目の前でブンブン振り回すんだ。オイラはぬいぐるみにはあんまり興味ないし、揉まれすぎで疲れているから相手にしないでいると、今度は棒を出してきて、オイラの目の前でピロピロと、カーペットの上を這わせるように棒を動かす。う、う、う、うわ、ミギャッ! ダダダダッ! バスッ、ボスッ!
 しまった。おいちょすにまんまと躍らされてしまった。オイラ、棒に目がないんだよ。目の前で振り回されると、ヤセイホンノウとかいうヤツに火が付いちゃうんだ。オイラはおいちょすが振り回す棒を狂ったように追いかけまわす。ぐるんぐるんぐるん、おいちょすのまわりを何度も何度も周回して、ハアハア息切れ。で、油断していると、またガシッと体を押さえつけられて、おいちょすの右手がオイラのお尻のあたりへ。揉み揉み揉み。揉み揉み揉み揉み。ギャハハハハ! ミホちゃんも、けいぞうねーちゃんも大爆笑している。「つかまっちゃったねー、たんじゅんだねー、ガクシュウノウリョクがたりないねー」だって。違う。違う違う違ーう。これは学習能力の問題じゃない! ドウブツ固有の、ヤセイホンノウの問題なんだ。ユウさんがよくいっている、リビドーとかいうヤツなんだ。でも、リビドーってなんだ?
 くっそー。オイラのこと馬鹿にしすぎだよ。おいちょすだって、ひとのこといえないくせに。ねこのちんこ揉みなんて、お馬鹿さんがやることだよーだ。オイラ、知ってるんだぞ。おいちょすは珍妙なダンスにハマッていることを。浅草サンバカーニバルとかいうお祭りで、人一倍ムダの多い動きでクネクネクネクネと踊りまくって、見ていた友だちから指さして笑われてたんだってねー。フン。
 オイラ、去年もちんこ揉まれたんだよ。去年もウチでお鍋をつっつきながらけいぞうねーちゃんのたんじょう日会をやったんだ。そのときも、激しく揉まれたんだよ。作戦はおんなじだったよ。オイラが疲れるくらいに挑発して、息が切れたところでオイラをガシッと捕まえてちんこを揉むんだ。このときもミホちゃんとけいぞうねーちゃんは、笑うばかりで助けてくれなかった。
 おいちょすよ。浅草サンバカーニバルのオンナ、おいちょすよ。美人のくせに下ネタが大好きなオンナ、おいちょすよ。なんでそんなにちんこが気になるの? タマがないのって、そんなにおかしいことなのか。
 花子さんはいいなあ。見てくれがゴージャスだから、オイラみたいに笑いの種にはされにくいんだな。ちんこがないから、揉まれることもないしなあ。
 ああ、ちんこよ。ちんたまよ。ドウブツの、オスにはつきもののちんちんよ。あなたが原因で、オイラはちんたまをもたないニンゲンのメスに、年に一度、必ず激しくいじめられています。これはオイラに与えられた宿命なのでしょうか。
 あ。そういえば、ユウさんがいない。ユウさんにもちんこあるよな。帰ってきたら、オイラじゃなくてユウさんがやり玉にあげられるはずだよ。はやく帰ってこないかなあ。
 ガチャリ。ドアが開いた。あ、ユウさんだ。助けて、ユウさん! 早く交代して!
 しかし。ユウさんは開口一番、いきなりオイラに向かってこういった。
「むぎ〜、今年もちんこ揉まれてるか〜?」
 そしてユウさんは、おいちょすといっしょになって、オイラのちんこを激しく揉んだ。



●バックナンバー●

●第4回「港猫ブルース PartII」
●第3回「かんちょとねぞう Part II/港猫ブルース Part I」

●第2回「かんちょとねぞう Part I」
 
●第1回「愛犬が怖くて触れない」



《Profile》
五十畑 裕詞 Yushi Isohata
コピーライター。有限会社スタジオ・キャットキック代表取締役社長。妻は本サイトでおなじみのイラストレーター・梶原美穂。今回の話は実話。友人の「おいちょす」は佐藤江梨子似の美女だが、下ネタ好きで浅草サンバカーニバルに出場しているのも、ほんとうの話です。

※本文中、麦次郎が「リビドー」について言及していますが、リビドーとは本能ではなく「性的衝動」を意味します。つまり、麦次郎は誤用しているわけです。

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