文・五十畑 裕詞

第3回
かんちょとねぞう PartII/港猫ブルース Part I



 前回は私が愛猫に浣腸するという変態チックな嫌われ談について語ったが、今回はその続き。「かんちょとねぞう」の後半、「ねぞう」の部分についてである。
 ねぞう。要するに、私は一緒に寝ている愛猫・花子(当時三ヶ月)を寝返りで潰しかけたのである。それ以来、花子が布団の中に入ってきたことはほとんどない。――はい、これで「ねぞう」についてはこれでおしまい。またまた嫌われちゃったよ、俺。

 ……これで終わると私自身が寂しくなるので、別の話を書こうと思う。

 真冬に鴨川シーワールドに行ったら、イルカは寒さに震えているのだろうか。そんなつまらない疑問が出発点だった。12月初旬、私は高速バスを使って千葉県鴨川にある「おどるイルカ園」鴨川シーワールドへと向かった。
 外房の冬は厳しい。荒波とともに吹きすさぶ冷たい風が、頬やら耳やら、剥き出しになった人の肌を容赦なく突き刺す。寒い。こんなに寒くては、きっとイルカもオットセイもシャチも冬眠しているに違いない――なんてことを考えながら、入場料を支払う。金弐千伍百円也。
 案の定、観光客はまばらだった。暇そうな家族連れと勘違いして来てしまったカップルがやたらと目に付く。何も、冬にこんなところへ来る必要もないと思うのだが――おっと、それは私自身にも言えることだ。自分に失言しちゃったよ。
 で、イルカである。こいつら、寒さを感じる神経が未発達なのだろうか。ムナクソ悪くなるくらいに元気なのだ。太平洋の彼方から吹きつけてくる寒風などモノともせず、イルカたちは飼育係の指示にしたがって、珍妙ななジャンプやら立ち泳ぎやらボール突きやら合唱やらご褒美のお魚パクパクやらを披露してくれた。ああ、ありがとう。寒いのに。ご苦労なこった。おまえら、寒さに鈍いんだろうな。おまけに皮膚も皮下脂肪もメッチャ分厚いに違いない。うらやましいよ、オイラは寒がりだからな。ああ、おしっこしたくなってきた。
 イルカショーのあとにはシャチとオットセイのショーもあった。彼らの根性、神経の太さ、皮下脂肪の厚さ、それから芸をシカとこの眼で見ておきたかったのだが、なにせ会場は屋外。極端な寒がりで根性なしの私は、外での観覧に音をあげてしまい、結局リタイヤ。帰りの車中で隣り合わせた人の話から察するに、どうやらシャチもオットセイも予想以上に能天気で芸達者だったようだ。ちと残念。
 翌日。出鱈目な内装のホテルで一泊した私は(このホテルについても、書きだしたら枚挙に暇がないほどなのだが、今回はテーマから外れるので触れません)、鴨川漁港へと向かった。せっかく来たのだ。港を、港町を、海を、そして海に住む動物たちを見ておかねば。
 海とはまったく縁のない生活をしているからだろうか。「港町」という言葉にはめっぽう弱い。少々レトロかもしれないが情緒あふれるこの言葉の響きに、いつもクラクラしてしまうのだ。酔いしれながら港まで歩いていて気づいたのだが、港町独特の雰囲気というものが存在するようだ。潮風にさらされた屋根瓦の古びた色合い。軒先で呑気にくつろぐ老人。顔や手に刻まれた皴の一本一本に、海との生活の過酷さと豊かさの両方を感じた。きっと、これらが重なりあって「港町らしさ」を形作っているに違いない。
 なぜだろう。道すがら、鳥ばかりが目に付いた。スズメ、ムクドリ、ヒヨドリといった馴染みの深い街鳥に加えて、ハクセキレイ、メジロ、カモメ、それからサギ、シギの類。おまけに、海近くの河口沿いではなぜかカワセミを目撃した。なんでもアリ、の状態である。スゲエ。
 なかでも特筆すべきは、トンビの異常なくらいの多さ。こいつら、カラスよりも数が多い。屋根の上やら木の上やら電柱やら街灯やらにワンサカと留まっている。その留まり方が偉そうで、ちょいと気に障る。留まっているだけじゃない。空も飛行中のトンビで埋め尽くされている、という感じなのだ。「トンビがクルリと輪を描いた」なんて歌があったが、飛んでいるトンビの数が多すぎて、ホントにクルリと回っているのかがよくわからない。なんだこりゃ。街並みに感じていた風情が、こいつらのおかげで台なしだ。
 やがて漁港に到着。オンボロっぽいが明らかに現役バリバリの漁船が並んでいる。船腹にはちゃんと船の名前が記されていた。これが結構面白い。孝進丸、孝政丸――この辺は、おそらく自分の名前から取ったんだろうな。たけ丸――これはどうかな。名字の一部分? 五郎平丸、第三五郎平丸――五郎平さんトコの船、ということか。…で、第二はどこへ行った? 松本丸、西村丸――こりゃ名字だな。もう少し考えろよ。吉栄丸、綾幸丸、海栄丸、昇栄丸――縁起担ぎ系だな。めでたやめでたや。
 船の名前チェックに飽きた私は、続いて野良猫探しをはじめた。当然の流れ、と言えると思うのだが――残念なことに、ここでも私は猫に嫌われてしまう。どのように嫌われたか……その詳細は次回、ということで。



●バックナンバー●

●第2回「かんちょとねぞう Part I」 
●第1回「愛犬が怖くて触れない」


《Profile》
五十畑 裕詞 Yushi Isohata
コピーライター。有限会社スタジオ・キャットキック代表取締役社長。妻は本サイトでおなじみのイラストレーター・梶原美穂。最近、妙に物忘れが激しくおまけに頻尿気味。これは老化現象の現われ? そうだとしたら「若くして老人力を得ることができた」と威張りくさってやろうと思っている。

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