「蹴猫的日常」編
文・五十畑 裕詞

■2002年6月

※文字の大きさ、変えてみました。


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6月30日(日)
「テレビと読書と男の料理」


 久々の完全オフなので寝坊を決め込む。十時起床。掃除。「笑っていいとも増刊号」を観ながら朝食。テレビはつけたまま、チャンネルだけテレビ東京に変え、「ハローモーニング」の小学生オーディション結果をチェック。予選の模様についてのレポートを見たときは「あちゃー」を連発してしまったが、デビューが決定した子どもたちはまあ納得がいくレベル。今後に期待したいと思う。なっちがしっかりお姉さん役をしていて偉いと思った。

 正午頃より日本テレビの堂本光一が司会をする討論番組。「占い」がテーマだ。Dr.コパと鏡リュウジが出演していた。鏡氏の理論的な発言に感心した。

 午後からはまったく予定がないので、スティーブン・キングの「小説作法」を読む。訳に癖があるのか、それとも自分がことばの意味を知らなすぎるのか。この作品を読むとき、国語辞典は手放せない。
 十五時、「富士ガーデン」、コープへ。コリアンダー、鶏手羽元、トマト、海洋深層水など。

 十六時より、ダンベルで筋トレしながらテレビ東京でモーニング娘。のミュージカルの舞台裏をまとめた特別番組を観る。プロ意識の塊と化したなっちの姿に感動する。紺野あさ美は期待されているのだろうか。準主役をなんとか演じきっていた。すこし感動。

 十七時すぎより、インドカレーを作りはじめる。手羽元肉を使ったチキンカレーだ。十九時、完成。夕食にする。ちょいとトマトピューレを入れ過ぎた以外はバッチリ。スパイスはすべて適当にぶち込んだだけだったのだが、きちんとインドな味に仕上がっている。ああ、よかった。男の料理、癖になるなあ。

 二十時三十分より、ワールドカップ決勝戦を、麦次郎を膝の上に乗せて観戦。学生時代はドイツ語を勉強していたのでドイツを応援することに。カミサンは、ウチで愛用している掃除機も絵を描くときに使うペンもドイツ製だし、好物のベーグルもドイツの食べ物なのでドイツを応援するといっていたが、ほとんど観ないで「悪魔の花嫁」を読みふけっていたようだ。しかし、結果は二対〇でドイツ破れ、ブラジルが優勝。残念。

 二十二時、「おしゃれカンケイ」。仲間由紀恵が出演するということなので、しっかり観ておいた。「トリック」の映画、早くみたいと思う。

「日本文学盛衰史」。「蒲団'98 女子大生の生本番」。こういう小説もありなんだなあ、と思った。高橋源一郎の作品を読むと、いつも感じることだ。
 川上弘美「センセイの鞄」遅ればせながら読はじめることにした。冒頭数ページだけでは、良いか悪いかも判断できないなあ。


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6月29日(土)
「ドタキャン/麦次郎のちんこ/本場の味/新巻鮭に潜む真実」


 午前中はけいぞう(♀)と不動産の下見に行く予定だったのだが、アヤツめドタキャンしやがった。というわけで、予定変更、午前中から事務所へ。カミサンはお仕事、イラストをせっせと描く。ぼくは手持ちぶさたなので、「なまけ猫王国」に掲載するエッセイを書くことに。数日前から考えていたのだが、テーマは「麦次郎のちんこ」に決定。およそ二時間で、ぴったり二〇〇〇字で書き上げた。エッセイのコーナーなのだが、今回は趣向を変えて小説にしてみた。おお、いい感じ。ぼくにはこっちのほうがあっているかな。仕上がりは、実際に作品を読んで判断してもらいたい。
 そうそう、注釈をつけなきゃと思ってたんだ。麦次郎が本文中でいっている「リビドー」というやつは、日本語では「性的衝動」の意味。ようするに、麦次郎は使い方を間違っているわけだ。ちんこを揉まれてよろこんでいる状態を裏で支えているのが、麦次郎のリビドー。これ、脚注につけなきゃ。

 昼食はタイ風ラーメンのお店へ。ぼくはトムヤンクンラーメンを、カミサンはバーミーナムを注文する。どちらも本場の味。ちょっと化学調味料で舌がしびれ気味になる点以外は大満足だ。

 十六時、カミサンが全イラストを描き終えたので業務終了。スーパー「富士ガーデン」コープに寄って買い物をしてから帰宅。キャベツやら洗剤やらでビニール袋がずっしり重い。

 夕食は手作り餃子。先日手に入れた中国の醤油を使ってみた。風味が違う。ちょっと苦いような、日本の醤油とは違う味の要素があるようだ。詳しいことはよくわからない。ヒマなときに、じっくり味見をして、それから資料をあたったりして味の秘訣を調べてみようかな。

 二十二時、テレビ東京「美の巨人たち」を観る。今日は高橋由一「鮭」。由一は幕末から明治にかけて活躍した、日本初の洋画家だ。「鮭」という作品を支える技術と、そこに潜む作意。この世の事象をあるがままに描くことで、物自体がもつ「真実」を掴もうとする姿勢は、様式の中に美をはめこむ旧来の日本画の価値観を揺るがすほどのものだったに違いない。由一の油絵への取り組み方は、正岡子規や、自然派と呼ばれた明治の文豪たちを思い出させる。そして、作品を細かに鑑賞すると見えてくる「省略」という技法。省略するからこそ、浮かび上がる真実もある。これまた、文学と同じ。

 ピンチョンは、「重力の虹」のラストになぜスロースロップ本人を登場させなかったのだろう――。この謎を解く鍵も、「省略」という方法に潜んでいるような気がした。
「小説作法」。キングがなぜこの作品で生い立ちを述べたのか、その理由がわかってきた。
「日本文学盛衰史」。降りしきる雪のなか、文公の死を見届ける独歩。そして田山花袋(おお、一発で変換できた)の「蒲団」を映像化しようとする現代のアダルトビデオ師たち。

 

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6月28日(金)
「むいてない/手持ちぶさた/さあ、皆さんご一緒に……」


 月末は銭勘定の日だ。見積を整理し、請求できる物件を洗い出し、得意先に折衝して折り合った金額で請求書を発行する。ただそれだけの作業なのだが、これが意外に労力を要する。労力というよりは精神力といったほうが妥当かもしれない。つくづく自分は経営者向きではないと思う。
 十三時、デザイナーのOさんと、O社新サービスのWeb サイトの打ち合わせ。ソフトでわかりやすいページが目標だ。
 打ち合わせ終了後、カミサンはWeb サイト用のイラスト描きに専念。すでにすべての原稿を書き終えており、あとはデザインのあがりを待つだけのぼくは手持ちぶさた。他の物件もなぜか今日はすべて一時休止状態、ぼくの手を離れていたので今日の午後は完全にフリーだ。文章修業、読書、Web サイトでの資料収集、終了した物件の原稿や校正紙の整理、パソコンのメンテナンスなどに精を出す。
 カミサンのイラストが一段落した二十二時、退社。夕食、また大戸屋ではストレスが溜まってしまうので、近所のちょっと安めの焼き肉屋さんへ。タン塩、ハラミ、レバ刺し、キムチ冷麺など。消し炭をもらって帰った。
 スティーブン・キング「小説作法」を読みはじめる。キング流文章読本、といったところか。だが、冒頭の百ページくらいは、キングの生い立ちについての叙述が大部分。自伝を読んでいるような感覚だ。
「重力の虹」読了。「つかまえろ」ヴァイスマンはスロースロップをとっつかまえるために、ゴットフリートをロケット00000号に組み込んだのだろうか。スロースロップ作の、世にも奇妙な、数奇なる彼自身と<ゾーン>についてを歌った賛美歌で終幕。さあ、皆さんご一緒に……。
 難解な小説だった。情報量が多すぎてついていけない。この作品が絶賛と非難、ふたつの嵐を全米中に巻き起こしたという話もうなずける。小説は省略で成り立つが、省略しない、あるいはどうでもいいこともしっかり描写することも大切(というよりは技巧の一種?)だということがわかった。これが唯一の収穫かな。途中にブランクはあったが、一巻目から足掛け四年かかってようやく読み終えた。ああ、情けない。
 さて、明日からはどんな本を読もうかな。

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6月27日(木)
「今日の事件簿」
●花子、午前三時に原因不明の大騒ぎ事件
●連絡を待って待って待ちわびて、待ちくたびれてやっときた事件
●ファクスが届かないと思ったらTAのせいだった事件(別名、だめじゃんMN128事件)
●アイデアが浮かんだよ事件
●鶏肉と卵のあっさり煮事件
●テキスト入力に関しては、なぜPowerMac G4(533MHz)よりPowerBook G3(400MHz)のほうが速いんだろう事件
●Palmどうしよう事件
●「河原でアパラ」読了事件

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6月26日(水)
「2.5回線分/穀物のフシギ/ヘビメタ、ピンクハウス、そして仁侠」


 ISDNといえば、やっぱりMN128だよなあ――って、これはターミナルアダプタの話。つい先日までネット接続の標準だったISDNも、今では過去のもの。すっかり影が薄くなった。中居君の「ロクヨン、ロクヨン、イチニッパ」というフレーズが懐かしい。と回顧モードになっている場合ではない。MN128である。
 事務所では、インターネット接続にはADSLを利用しているが、電話回線はISDNを利用している。以前はネットへのアクセス回線も兼ねていたので、正確にはTAではなくISDNルータ。富士通製のルータなのだが、これが今ひとつ使い勝手がよくない。アナログポートがふたつしかないので、片方に電話を、もう一方にファクスを接続したらそれで終わりなのだ。つまり、ファクスなんて頻繁に使うものではないのに、常に1ポートを独占している状態が気に入らないのだ。ファクスを使っていないときは、音声回線として2チャネルを有効活用したい。
 そこで、自宅にもADSLを導入した結果、余ってしまったTA、いや正確にはこっちもルータなのだが、NTT-ME製の「MN128-SOHO」を会社でTAとして使うことにした。こやつには、アナログポートがなぜか3つもあるのだ。設定画面のインターフェースもわかりやすい。
 仕事は忙しいが、合間をぬって五分で配線工事を強行。さっさと設定を済ませた。よっしゃ、これでファクスを使っていないときは、空いているチャネルを音声通話に利用することができる。ふふふ。「コレ一本で、二回線分」。いや、この配線なら2.5回線分といったところかな。ふふふふふふ。

 と回線工事を終えて悦に入っている余裕もないくらい、お昼前後は仕事がバタバタした状態に。電話とファクスの集中砲火を浴びせられ、疲労困ぱいしても昼食もとれずもくもくとデータ確認やら文字校正やら。とりあえず落ち着いたのは十四時過ぎだった。あーあ。

 しかし、夕方にはこの物件も無事終了。およそ三週間。お疲れさまでした。
 二十一時、事務所を出る。カミサンとふたりで「ムーハン」にて夕食。海南チキンライスと、シンガポールの「タイガービール」なる麦酒。穀類が入っているのに、さほど軽くなくしっかりした味。日本のビールは軽くするために米やらコーンスターチやらを加えて醸造するが、このタイガービールにはどんな穀物を使っているのだろう。ちょっと興味が湧いた。

 二十二時、帰宅。日本テレビ「ごくせん」。ヘビメタとピンクハウスと仁侠は、どんなに時代が変わろうと、流行からどんなに遠くなってしまおうと、必ずや次世代へと語り継がれる――とぼくは信じている。

「重力の虹」。ロケットに設置され、「イミポレックス」の死装束を着せられた美青年ゴットフリートのモノローグ。カウントダウンがはじまった。



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6月25日(火)
「ウェーブと肩凝り/まさか!?/ロケットはもうすぐ発射される」


 降ったりやんだり、パラパラしたり。梅雨時の煮え切らない天気が続く。よく天気が悪いと腰が痛む、なんて話を聞くが、なぜかぼくはここ数日は坐骨神経痛も腰痛も股関節痛もほとんど感じられない。絶好調だ。その替わりなのか、ちょいと肩凝りがひどい。デスクワークが続いているからだろうか。野球やサッカーの競技場でよくやる人間ウェーブ、あれを何度も繰り返したら肩凝り直るかな、なんて馬鹿なことを思いついた。
 
 日中は仕事に専念。とはいえ、電話がひっきりなしという状態だったため、集中して作業できるようになったのは十九時以降。ちょっと能率悪いなあ。
 二十三時、帰宅。帰りがけに、ウチのマンションの前でちょっと毛がふっさりしたかんじの野良猫を見かける。新参者だろうか。雰囲気が少しお隣のミーちゃんに似ていたので、少し心配になる。まさか、脱走か。
「重力の虹」。ロケットの発射準備は着々と進んでいる。


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6月24日(月)
「ひえるからだ/ドシドシとmiarofaさん/けいぞうが変わるとき/冒険小説的小説と勃起中枢」


 夏だ夏だ、と騒いでいたのが嘘みたいに、ここ数日涼しい日々が続いている。今朝もまた然り。目覚めると、身体が冷えきってしまっていた。あらら、体調崩しそうだなあ。

 午前中は溜め込んでいた事務処理に専念する。午後より仕事は荒れ模様。企画変更やら赤字やらがドシドシと押し寄せる。そんななか、miarofaさんよりWebカードが届く。彼女らしい、神秘的で美しい絵柄だ。息抜きになったが、お返事を書く時間を見つけられない。ああ、申し訳ない。

 十九時三十分、けいぞう(♀)が事務所に来る。彼女の作った陶芸作品を、ウチの超簡易デジカメスタジオで撮影するためだ。セッティング、ライティングなどを手伝ってあげる。けいぞう、見た目はどこにでもいそうなOLさんなのだが、創作性の高いコトとなると、ちょいと雰囲気が変わる。ニコンのCOOLPIXとスタジオ道具一式、自由に使ってもらった。いい感じだ。
 撮影した画像、ちょいとPhotoshopで画質調整とトリミングをしてあげたら、見間違えるほどいい出来栄えに。緻密に撮影された写真は作品の本質的な部分を無意識のうちに写し出す。今回は、けいぞうが目指すべき方向性を写真が示唆してくれたのかもしれない、なんて勝手に考えてみる。が、口には出さなかった。

「河原でアパラ」。冒険小説を読んでいるようだ。登場人物たちが次の行でなにをやらかしてくれるかが、さっぱりわからないのだ。
「重力の虹」。ヴァイスマンのロケット00000号はいよいよ発車準備段階へ。ロケット内部へ、部品として組み込まれる、ヴァイスマンから寵愛を受けた美青年ゴットフリート。もちろん「黒の装置」も一緒だ。黒の装置=勃起中枢? ロケットとは、欲望の組み込まれた破壊願望? 次代へと生を残すための破壊? ゴットフリートすなわち愛するものを組み込むこと、それは自己破壊と等しい行為? よくわからん。ピンチョンは何を語ろうとしているんだ。


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6月23日(日)
「呑気の極み/戦後アメリカへのオマージュ」


 九時三十分起床。最近は七時間以上眠ることができない。六時間以下だと脳が働かない。自分に最適な睡眠時間が決まってきたみたいだ。生活のリズムの基本は睡眠、ということなのだろう。

 十時三十分、事務所へ。昨日やり残した仕事をチャッチャと片づける。十四時、終了。十五時より吉祥寺へ。猫缶等。

 十七時、帰宅。「笑点」「隠れ家ごはん」「サイボーグ009」「鉄腕DASH」「特命リサーチ200X II」と、麦次郎を膝に乗せ、立て続けにテレビを見る。呑気の極み。こんな日が合ってもいいと思う。

 町田康「河原のアパラ」を読みはじめる。文体の独自性、奇抜さは「くっすん大黒」以上。ブラック・ユーモアもある。
「重力の虹」。分裂化するスロースロップ。ロケットは核弾頭=冷戦を思い出させる。はびこる麻薬はフラワーチルドレンか。この作品はひょっとすると、戦後アメリカ大衆文化へのオマージュなのかもしれない。

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6月22日(土)
「不動産を探せ/地元話/すべてを盛り込む/大胆な省略」


 八時三十分、花子の執拗な起きてよ攻撃に見舞われ、起床。ちゃっちゃと支度を済ませて事務所へ。十時、けいぞう登場。西荻移住計画を進めるために、不動産屋さん巡りに夫婦で立ち会ってあげることにした。先日、物件の抽出だけを依頼しておいた不動産屋のオヤジ、好人物なのだが、とっちらかったアタマの持ち主で、ちょっと不安。十時に行きますよ、とけいぞうは念を押しておいたはずなのに、全然準備ができていない。揚げ句の果てに「整理整頓が苦手でして」ときたもんだ。ありゃりゃ。結局その不動産屋はそうそうに引き上げ、ウチの事務所の向かいにできた新しい不動産屋へ。中年女性の担当者だったが、なかなかの切れ者。ちょっと希望を話しただけで、合致した物件をパパパッと出してくれた。期待できそう――というところで時間切れ。けいぞう、去る。来週も来るそうだ。

 十一時よりお仕事に専念する。O社の新サービスホームページ、O社とP社のタイアップコンテンツなどなど。

 十七時三十分、近所のリフレクソロジーサロン「プラス ド ルポ」へ。ここのおばちゃんとは仲良しだ。今日も地元の話に花が咲く。近所のよしみか、かなり長めにマッサージしてもらえた。ご機嫌。

 二十二時、テレビ東京の「美の巨人たち」を見る。今日はセザンヌの「リンゴとオレンジ」。計算され尽くしたゆがみ、不安定な構図の中で自己主張するリンゴはセザンヌの画家としての哲学の具象化したものに他ならない。遠近法という呪縛からの開放、感じたままを描く姿勢。自分の思想と知識のすべてを絵画に盛り込もうという試み。勉強になるなあ。

「重力の虹」。一九七四年? いきなり回想文になっている。大胆な省略。
 ん? セザンヌは省略しようとしなかった? 文学といい、絵画といい、芸術はすべて「省略」から成り立つと思い込んでいたのだが。
 そういえば、高橋源一郎は「ゴーストバスターズ 冒険小説」で、世界全部と歴史全部を入れようとしたらしい。省略は意図的に行うものではない、ということだろうか。
 わからん。


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6月21日(金)
「箇条書き」


●モロヘイヤジュースに頼らない。
●ファクスがどっさり事件。
●忙しさは、雰囲気となって現れる。
●トマトサラダは微妙なお味。
●イラストは好調だ。
●メールがどっさり事件。
●焼鳥屋にて、猫二匹。
●妻帯職人の合コンを観る。


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6月20日(木)
「まぶたがチクリ/Graffiti/麦次郎が避けている/ツチ穴の豚と、アタゴオルの猫」


 昨夜から右目の下のまぶたが痛む。どうやらものもらいのようなデキモノがあるようだ。今もまぶたをするたびにチクリと痛む。が、我慢できないほどではないので病院にはいかないことにする。それどころじゃないくらいに忙しいのだ。

 日中は三つの案件を同時に進行。混乱するかな、と思ったが、頭のなかを整理してから取り組んだので、パニックにはならず。これが明日も続けばいいのだが。

 先日ヤフーオークションで落札したソニーのPDA「クリエ」が到着する。モノクロモデル、落札価格は6,000円である。どうしても使ってみたいソフトが発売されたので、財布が傷まないギリギリの金額でPalmデバイスを購入することにしたのだ。となると、やはり中古で入手するしかない。といえば、やっぱりヤフーオークションがいちばんなのだ。なにせ、タマカズが多い。
 仕事の合間にチョチョイとセッティング。Palmは以前二度購入し、二度ともすぐに手放したという苦い思い出がある。あの珍妙な一筆書き入力システム「Graffiti」がどうしてもなじめないのだ。と思っていたら、今回はなぜかすんなりGraffitiを使いこなすことができた。身体が入力方法を覚えていたのだ。ああ、そうか。長く使えば、慣れるんだ。ふーん。
 で、肝心の「使いたかったソフト」だが…詳細はここでは書かないが、まあ及第かな、と思った。

 二十二時、帰宅。妙に腹が減っていたのでドンブリメシでうな丼を平らげた後に卵かけご飯を食べてしまった。うう。案の定、食べ過ぎでお腹が痛い。下痢だ。情けない。
 花子がうなぎを食べたそうにしていたが、甘やかすのはよくない。うなぎの替わりに、そばに置いてあった本ワサビのチューブを開けてにおいを嗅がせてみる。花子のヤツ、思いきり目を細めてしょぼい顔をしていた。ふふふふふふ。

 今日は麦次郎とほとんど交流のない一日だった。避けられているのだろうか。

「重力の虹」。「ツチ穴の豚」の連中はなにをしようとしているのだ? エンツィアーンとオンビンディの武力衝突? よくわからん。が物語そのものはどんどん面白くなっている。
「アタゴオルは猫の森」1巻。唐あげ丸、もはや変わり者を通り越して狂人のような描かれ方。ヒデヨシの暴れっぷりは相変わらずだ。ギルバルスにはあまり軽々しく出てきてほしくないんだけどなあ。


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6月19日(水)
「両方をいっぺんに/脳みその視野/二葉亭/二律背反」


 八時起床。さわやかな朝だ。と思っていたら、湿度が高いせいかだんだん不快に。夏の心地よさと居心地の悪さ、両方を一日で味わったような気がする。

 午前中はE社の企画の最後のツメ。午後からはP社CD-ROMコンテンツの構成案とO社新サービスのWebサイトの構成案を交互にこなす。こういうときは、ときどき作業を入れ替えてやらないと脳みその視野が狭くなるのだ。

 二十一時三十分、帰宅。「ごくせん」を見ながら夕食。仲間由紀恵の啖呵が威勢よくなってきた。いい傾向である。

「くっすん大黒」読了。八方塞がりなはずの主人公の生は、どういうわけか自由で解放感と躍動感に溢れている。町田康の出現は、ひょっとすると二葉亭四迷の出現と同じくらい衝撃的なできごとなのではないだろうか――って、言い過ぎかな?
「重力の虹」。二律背反の調和から生まれる不幸と、不調和から生まれる希望。やっぱりよくわからない小説だ。
「日本文学盛衰史」。国木田独歩と二葉亭四迷。


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6月18日(火)
「ひえるからだ/みてないんだもん」


 雨音で目が覚める。いやに涼しい朝だ。布団をけっ飛ばしてしまったらしく、身体が冷えきっていた。う。腰痛が。

 今日は終日E社のCRMサイトの企画に専念。一日しか時間がない。おまけに山ほど資料がある。全部に目を通したうえで、アイデアを出す。やばいかな、と思ったがなんとか間に合いそうだ。仕事優先。テレビのスイッチはオンにしておいたが、ワールドカップは観なかった。日本が敗退したことは音声で知った。残念、という以外に感想はない。だって、ゲーム見てないんだもん。

「重力の虹」。物語はいよいよ大詰めを迎える。大団円か、はたまた大混乱か。


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6月17日(月)
「辞書届く/代官山の熟女/よくできたシナリオ」


 身体がバランスを崩しているようだ。ちょっとだけ体調が悪い。八時に起きるつもりが八時三十分になってしまう。気候のせいか、はたまた……。

 午前中は事務処理に専念する。インターネット書店のイーエスブックスより、ホームページで注文した「逆引き広辞苑 第五版」、「角川必携国語辞典」、ジョン・ロウ/高橋源一郎訳「まっくろスマッジ」が届く。「逆引き」は文字通り、語尾から引ける広辞苑。なんのためにそんな辞書があるのか、と不思議がる人も多いと思うが、ふふふ、使い方は教えてあげない。「角川必携」はかの大野晋氏が編纂した辞書で、用例や使い分けが他の辞書よりも充実しているのが特長。理屈抜きで使いやすい。「まっくろスマッジ」は、高橋源一郎が翻訳ということで買ってみた。内容はよくわからない。しっかり読まなきゃ。
 
 午後より新規物件の打ち合わせのためにJ社のある代官山へ。最近必ず感じるのだが、代官山の熟女人口は着実に増加している。若者の街を食い尽くすとは、恐るべし、おばちゃん。

 事務所に戻ってからは新規物件の企画に専念。十九時、以前ウチの会社にいた、現在は広告会社を自ら設立し社長に就任したL君が来る。資料を何点か貸してあげた。彼の会社はCD-ROMを利用した新しい広告ビジネスを展開しようとしている。いつも世話になっているので、企画書の作り方やコンテンツの編集方法についてアドバイスしてあげた。よろこんでいたようだ。
 二十二時、帰宅。テレビで「SMAP×SMAP」「あいのり」などを見る。スマスマは光源氏に扮した木村拓哉らによる短歌合戦のコーナーが気に入っている。微妙に的を射ていて、その一方で途方もなくとんちんかんな感じがよい――というぼくは、短歌にはまるで造詣がないのだが。「あいのり」いやあ、よくできているなあ、脚本が――あ、ドキュメンタリーなんだっけ。

 町田康「くっすん大黒」を読みはじめる。奇想天外な超日常的私小説――と書くと、尾辻勝彦の小説と同じってことになっちゃうな。でも、似てなくもないと思う。


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6月16日(日)
「村治を聞きに/物語を書ける作家/ちょっとだけなっちのことも」


 十時起床。ベーグルとソーセージで食事を済ませ、ひとりでお出かけ。村治佳織のトーク&ライブに行く。先日購入したCDについていた懸賞付きアンケートはがきを送ったら、当選してしまったのだ。この手のコンサートご招待イベントは、どういうわけか外れたことがない。Japanのトリビュートアルバムが発売されたときの記念ライブも当たった。キング・クリムゾンのProjeKct 2とブラッフォード・レヴィン・アッパー・エクストリミティーズが来日したときのトークライブも当たった。このときはエイドリアンのアカペラも聞けちゃったのだ。音楽に関してだけは、なぜかついている。

 十二時四十分、浜離宮ホールに到着。五十代の夫婦が目立つが、なぜかロック少年風のファッションをした男の子やフツーのOLさん風の女性もチラホラ。十三時、開演。ベージュのパンツスーツ姿で村治さん登場。遠くてよくわからんが、ナマ村治もかわいい感じ。ギターソロで演奏。「カヴァティーナ」「森に夢見る」「フリア・フロリダ」を演奏。落ち着いた感じで、テクニックに依存しすぎていないのがいい。続いて映画音楽家の大島ミチルが登場してトーク。音楽から日常的な話まで。ワールドカップ、日本戦は必ず見ているそうだ。休憩後、第二部。今度はロドリーゴの作品。「祈りと踊り」「三つの小品」。ちょっと前衛的な感じとスペインの伝統的な感じとが美しく調和している。音楽評論家の濱田滋郎氏が登場し、再びトーク。話題はもちろんロドリーゴだ。トーク終了後、最後に一曲。ロドリーゴの曲だったと思うが、メモするのを忘れたので曲名がわからない…。正味二時間、なかなか愉しめるコンサートだった。

 浜離宮から有楽町まで歩いて帰ることに。坐骨神経痛が心配だったが、さいわい痛みは感じられず。途中、銀座八丁目あたりでドクター中松を見かける。「NEW ジャンピングシューズ」のお披露目をやっているらしい。うーむ、遠目で見るかぎりは以前のものと変わっていないようなのだが。中松氏、例によって自らビョンビョンと跳ね回っていた。歩道を。あのシューズで公道を歩いてもいいのかなぁ。道路交通法違反じゃないのか?

 マリオン前で元立川小談林、現マグナム小林を見かける。今日はバイオリンで「ダメージをなくそう」シャンプーのコマーシャル曲を演奏していた。悲壮感が漂っている。いや「漂っている」なんてレベルじゃない。悲壮そのものだ。そういえば、立川志加吾やキウイら談志の前座は全員クビになったらしい。マグナム小林はずいぶん前に上納金未払いでクビになったが、志加吾たちがクビになった理由は「精進が足りないから」らしい。マグナムも志加吾もがんばって欲しいと思う。落語の灯を消さないでくれ。

 夕食はお好み焼き。案の定、「花麦まんが」のように花子はカツブシまみれになっている。うれしそうだ。

 筒井康隆「わたしのグランパ」を移動時間を使って読む。読了。「時をかける少女」を読んだときも(二十年くらい前だ…)そう思ったのだが、筒井康隆氏は屈指のストーリーテラーだ。あ。そういえば、モー娘。のなっち主演で、最近ドラマが放映されたような記憶が。
 「重力の虹」。筒井康隆氏が「文学部唯野教授」のなかで、この作品を「あんな作品、訳せるわけがない」といった主旨のことを書いていたことを思い出した。訳すだけじゃない、読了するのも大変だ。


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6月15日(土)
「腹巻きの効用/メディテーション/菜食主義/掘り出し物の物件」


 八時起床。夕べ念入りにストレッチしたのが効いたのか、はたまた腹巻きの効用か、股関節と坐骨の痛み、かなり和らいでいる。生活に支障がない程度の痛みしか感じなくなった。

 九時三十分、化粧に余念のないカミサンを置いて、ひと足早く事務所へ。てきぱきと掃除を済ませると、九時五十分にmiarofaさん着。五分後、しまちゃん着。ちょいと遅れてカミサン着。続いてけいぞう着。今日はこのメンバーでメディテーションを行う。一種の座禅のようなものだ(と認識しているけど、違うかな!? 「メディテーション」ということばも間違っているかも)。miarofaさんがインストラクターの資格(これも誤解あるかなぁ)をもっているので、今回は軽く体験させてもらうことに。正味一時間。うーん、心を落ち着かせ平静に保つことは大切だ、ということはわかるのだが、さまざまな問題に向かって攻撃的に取り組むのをスタイルにしている自分の生き方に、こういったものは合わないような気がする。ただひとついえることは、こういう訓練・方法を自分のものにしたmiarofaさんはとても素敵な方、ということだ。
 
 体験終了。感想を述べあったあと、西荻窪の「ほびっと村」にあるカフェへ。ランチを食べながらしばし歓談する。miarofaさん、ベジタリアンなのだそうだ。菜食主義者と食事を摂るのははじめて。気を遣ったほうがイイかな、とちょっと思ったが、他の生きものの命を奪い、それを食することでしか己の肉体を維持することができないのが命あるものの宿命、当然の行為なのだからまあいいや、ということにし、チキンカレーを食べた。美味。

 食後は西荻散策。途中からmiarofaさんの彼も合流。ウチの事務所で「ウォーターブルーカフェ」のケーキを食べてから解散――おっと、違った。けいぞうだけは残り、散策中に気になった賃貸物件を確認するために不動産屋さんへ。なんと、ウチの事務所の向かいに格安物件があったのだ。下見をさせてもらう。いい感じ。けいぞうも気に入っているようだ。さあ、あとはどうなるかな。引っ越してきたら、面白いことになりそうだなあ。

 けいぞうと別れた後、カミサンと吉祥寺へ。パルコブックセンターで、ますむら・ひろし「アタゴオルは猫の森」1巻、筒井康隆「わたしのグランパ」、いしいひさいち「現代思想の遭難者たち」、「田舎暮らしの本」七月号、川上弘美「パレード」を購入する。「田舎〜」は、べつに移住計画があるわけではないが面白そうなので買ってみた。

 夕食は冷麺でササッと済ます。

「重力の虹」。魔女ゲリー・トリッピングのモノローグ。魔女だって恋をする。


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6月14日(金)
「二重の苦痛/中田のヘディングシュートは美しかった/腹巻き/毛抜け/寄る年波には/ゲロとか」


 八時起床。昨日の治療が効いていないのか、今日も股関節と坐骨が痛む。辛いのとカッコ悪いのと、二重の苦痛だ。

 九時、事務所へ。掃除と植物の世話を済ませると、いきなりファクスが送信されてきた。十時前から赤字の対応。ちょっとバタついた午前中だった。

 十五時、苦労していたE社のDMがようやく責了。お疲れさま。これで今日のお仕事は終了。テレビのスイッチを入れ、日本対チュニジア戦を観戦する。ひやっとさせられるシーンもあったが、予選リーグ一位通過が決定した。さて、決勝トーナメントはどこまで勝ち進めることができるか。気になるなあ。
 夕方は、いい加減に書きっぱなしのままサイトアップしていた猫エッセイ「私が猫に嫌われる理由」の推敲作業をする。二話目と三話目はタイトルを変えようと思う。

 空き時間に西友へ。シルク製の腹巻きを購入する。昨日、木村均整院でお腹を冷やすと坐骨神経痛や股関節痛が悪化するよといわれたため。オッサン臭いが、やむを得ない。これを書いている今も腹巻きをしているのだが、驚いたことに痛みがかなり和らいでいる。侮りがたし、腹巻き。

 二十時、帰宅。仕事が一段落したせいか、緊張感がない。だらだらと過ごしてしまう。ビール、居眠りなど。麦次郎にブラシをかけてやったら、毛が抜けること抜けること。おまけに、すぐに悪ふざけをはじめようとし、動き回るので抜けた毛が服につき、部屋を舞う。顔がむずがゆくなってきた。
 少し時間があったので、うりゃうりゃときゅーを籠から出して遊ばせてあげることに。老鳥うりゃくん、ちょっと飛び回るとすぐにぼくの肩の上に留まりにくる。しばし休憩。やっぱり寄る年波には勝てないか。若いころはずーっと飛び回り、部屋の中を探検し続けていたんだけれどなあ。

「重力の虹」。ゲロやらカサブタやらタンやら……汚物名の語呂合わせによる料理のオンパレードに閉口。


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6月13日(木)
「マシ/ツメ/チョイ/ガラガラ/ガブッ」


 坐骨神経痛、昨日よりはマシなようだ。少なくとも、痛みで目が覚めることはなかった。はやく治しておかないと、どえらい目に遭いそうだな。

 今日は一日中、E社のDMの最後のツメの作業に終始。といっても待機している時間が長いので、さほど忙しいわけではない。空いた時間を使って井上ひさし「ニホン語相談2」を読む。読了。日本語のゆらぎや不明瞭さを痛感する一方で、美しさ、融通無碍なところ、文法的な部分を含めての奥の深さも知ることができた。ライターにとって有意義な作品。

 夕方、空き時間を利用して「木村均整院」へ。先生に再発の旨を伝えると、首をかしげていた。想像以上にぼくのからだは調子が悪かったらしい。一時間かけて、チョイと痛みのともなう治療。これでよくなればいいのだが。「座りっぱなしはよくないよ」と忠告された。そうなんだよなあ、煮詰まっているときはちょっと散歩に出ても問題ないけど、ノってきたときはそんなことしたくないもんなあ。それに、忙しいときは散歩に出る時間を見つけること自体が難しい。困った。

 二十一時三十分、業務終了。久しぶりに「西荻食堂Yanagi」に顔を出す。満席で入れないことも多いのだが、今日はガラガラ。6月は客足が鈍っているそうだ。ママ曰く、「みーんなテレビにくぎ付けなのよ」ワールドカップの経済効果が期待されているが、マイナス効果というのもあるんだなあ。でも、そのおかげで今日はこの店で夕食を摂ることができたのでヨシとしよう。

 入浴後、ストレッチしていたら花子にガブッと手を思いっきり噛まれた。原因不明。腹が立った。

「重力の虹」。この物語、ほんとうにちゃんと終わるのだろうか。不安だ。


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6月12日(水)
「忘れていたよ/眠れない夜/ゆとりのじかん」


 夏だ夏だ、と毎日のように騒いでいたのだが、今日は大切なことを忘れていたのに気付いた。梅雨を忘れていたのだ。今日から梅雨入りらしい。

 坐骨神経痛が悪化。梅雨のじめじめした空気と痛みとに一晩中苦しめられる。何度も目が覚めてしまい、眠った気がしない。

 午前中は代官山で撮影。午後からはデザイナーのL氏に来ていただいて、事務所でデザイン作業。問題は山積み、状況は少しずつ変化していく。前に向かっての進展ではなく、横に向かっての変化。しんどいなあ。はっきりしない天気がさらに気を重くする。リフレッシュのために、パソコンの壁紙をデフォルトのものからホンダのサイトからダウンロードしてきたなっちのものに変えてみた。効果は…よくわからん。少しゆとりができたかな。

 仕事中に、消しゴム版画家のナンシー関の訃報をネットで知る。彼女は十年ほど前にムーンライダーズのライブで見かけたことがある。ご冥福をお祈りします。

「ニホン語日記2」。漢文教育の重要性について。などなど。
「重力の虹」。ロケット00000号は北へ向かって飛ぶのだろうか。よくわからん。
「日本文学盛衰史」。啄木、逝く。


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6月11日(火)
「ありゃりゃ/差別語のための」


 蒸し暑くて目が覚めた。うっすらぼんやりとぼくらの周りにまとわりつくように夏がやってきた――そんな感じがする。猫たちも気のせいか、いつもよりだれ気味だ。

 比較的平穏な一日になるはずだった――が、朝一番から大番狂わせが。N社のウェブサイト制作が一時ストップ。忘れていた物件の復活。E社のDMは相変わらず波瀾万丈。あたふたしているうちに一日が終わってしまった。ありゃりゃ。

 気を紛らわせるために郵便物の整理をしていたところ、愛用しているワープロソフト「EG WORD PURE」のバージョンアップのお知らせDMを発見。優待価格でのバージョンアップ、販売期間が終了しているじゃないか。ありゃりゃ。慌ててメーカーに問い合わせたところ、期間は延長しているので大丈夫とのこと。安堵。

 「ニホン語日記2」。筒井康隆氏が断筆宣言したころに井上ひさし氏が考案した「差別語のための私家版憲法」が掲載されている。条文だけ引用したい。

 第一条 人は生まれながらに不平等である。

 第二条 本人に責任のないことをからかったり、笑ったりするのは無意味な上に、卑しい行為である。

 第三条 そこでなによりもまず本人に責任があるか、ないか、それを確かめるべきである。

 第四条 自分と違うという理由だけで、人を笑いものにする権利は誰にもない。

 第五条 人が表現することを止める権利はなんぴとにもない。人は社会的資源であることばを存分に使い、書きたいことを書く権利を保有する。

 第六条 人は誰も、他人の為した表現に対して抗議を行う権利を保有する。

 第七条 ことばを抹殺したからと言って、また、たとえそれをどう言い換えたからと言って、そのことばが示していた差別がなくなったわけではない。

 第八条 差別語には差別語の歴史があり、私たちはその歴史と勇気を出して向き合わねばならない。そうする人間の数が増えることによってのみ、歴史の暗部や秘部を乗り越えることができるだろう。つまりその差別語を作り出している歴史的状況を大勢で意識的に変えなければならない。

 第九条 抗議は表現者へ直接に行われるべきである。

 第十条 人間でありながら人間扱いされることのない制度的差別はまだあるはず。これからはそれらについてじっくり考えることにしよう。

 第十一条 抗議と、それに付随するやりとりはすべて公開で行わなければならない。

 興味がある人は、ぜひ氏の著書を読んでいただきたい。

「重力の虹」。断片的な挿話が続く。
「日本文学盛衰史」。幸徳秋水の手記、啄木の「A LETTER FROM PRISON」、見知らぬ他人のように見える鴎外。


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6月10日(日)
「今日は軽めで」


 八時起床。テレビを付ける。うわ、サッカー一色。喜ばしいことと思う反面、なぜかわだかまりを感じてしまう。
 日中はバタバタと細かな仕事をこなす。三件分を同時進行していたので、ちょっと頭がこんがらがっちゃった。あらら。
 
 十七時、miarofaさんが画家の渡辺あきおさんを連れてきてくださった。猫を中心に、一点ものの絵画作品や絵本などを手がけていらっしゃる方。あきおさんも元広告業界出身とのこと。パッケージデザイナーだったそうだ。カミサン、出版社への売り込み方法などを教えてもらう。猫作家で行くか、イラストレーターで行くか。アーチストとクリエイターのはざまで揺れているみたいだ。僕にも問題意識がふつふつと。有意義な一時間だった。
 ちょっと疲れてしまったので、十九時三十分で店じまい。西友で買い物をしてから帰宅する。

 「重力の虹」。チチェーリンの麻薬体験。



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6月9日(日)
「治療すべきか/買い物三昧/オキナワン/よかったね」


 惰眠をむさぼり続けるが、十時になんとか起床。体が硬い。寝すぎなのかな。
 またもや、朝っぱらから「ハローモーニング」を見てしまう。モー娘。中毒症の初期症状か。そういえば、最近書店に行くと「なっちの写真集あるかな」なんて考えてしまうことが少なくない。放っておくべきか、治療すべきか。

 午後より吉祥寺へ。「ユザワヤ」にて、先日落札したY'sのセットアップ用のボタンを購入。入札した次点で、ボタンに難ありだったのだ。前ボタン、袖ボタン併せて1,000円也。「安い」と言っていいんだと思うが、どうなんだろう。カミサンは文具売場でスケッチブック、定着スプレーなどを購入。仕事熱心だなあ。

 続いてパルコブックセンターへ。大田垣晴子「これがわたしの電脳ライフ」、高橋源一郎「君が代は千代に八千代に」、アランジ アロンゾ「アランジ マシンガン Vol.0」、ますむら・ひろし「ジャリア」「アタゴオルは猫の森(2)」、金子光晴「詩人 金子光晴自伝」、町田康「くっすん大黒」購入。町田康の作品、恥ずかしながらまだ読んでなかったのだが、文庫が出ていたので買ってみた。

 ディスカウントショップ「セレクトイン キムラヤ」へ。セイコーの「スピードマスター」という名前の時計を3万円で購入。時間の限られた取材のときに便利なクロノグラフだ。もちろん金属アレルギーにやさしいチタン製。それにしても、商品名がオメガの名品と同名というのはどういうことか。ま、ぼくに時計を選ぶ余地はないし、舶来ものより正確に時を刻んでくれる国産もののほうが好きだ。ということにしておく。

 吉祥寺三越の一階にある「緑碧茶園」という中国茶専門店のサロンで昼食。ランチタイムは終わっていたので、中国サンドイッチと甘いもののセットを頼む。サンドイッチは中国饅頭の周りの部分みたいな食感のパンに、ピリ辛風味の鶏肉炒めを挟んだもの。ほんの少しだけ加えられた香菜がいい香りだ。デザートは中国カステラ、ゼリー、クッキー、ムースなどの4品。女性受けしやすいように、モダンなアレンジがされているが味の基本は中華だ。飲茶だね、こりゃ。お茶はウーロン茶のなんとかという品種をアイスでいただいた。これがまた美味で大いに満足。アイスでもしっかり渋みとうまみを楽しめるのだ。カミサンは紫蘇の香りのする中国茶をやはりアイスで飲んだ。少しもらってみたが、お茶なのに紫蘇の香りがする。不思議だ。そういえば、その昔、中国ではお茶を冷やして飲むのはタブーだったらしい。なぜだろう。

 「カルディ コーヒーファーム」で中国醤油と冷やし中華用、冷麺用の麺を購入。「ロヂャース」で猫のご飯を購入。西荻窪へ移動し、スーパーで食材を買ってから帰宅する。

 夕食は豚の角煮とゴーヤ・チャンプルー、もずくの酢の物。オキナワン(こんなことば、あるのかな?)な食卓。チャンプルーはぼくが作った。角煮もやりたかったのだが、夕方は鳥と遊んであげたり鳥かごの掃除をしたりアイロンをかけたり「サイボーグ009」を見なければいけなかったりと、忙しかったのだ。カミサン、「角煮はオトコの料理だよー」とぼやきつつも楽しそうに作ってた。時間短縮のために圧力鍋を使い、隠し味に、とっておきの泡盛古酒「主(ぬーし)」を入れたらしい。出来上がりは上々。ふふふ。

 夜、はじめてワールドカップをテレビで観戦。注目のカード、日本の明暗を分ける「天王山」と言われているらしい日本対ロシア線だ。麦次郎を膝の上に載せながらテレビの前でぶつくさと独り言をつぶやきながら、応援ではなく観戦をする。シュートがなかなか決まらないと、だんだん飽きてくる。眠りこける麦次郎を膝の上から降ろしてダンベル体操をしたりストレッチをしたりして、それにも飽きると今度は麦のヤツを再び膝の上に載せてちょっかいを出したりからかったり毛の手入れをしたりして気を紛らわす。ありゃま前半終わっちゃった。姿勢を正して後半戦。おっと、いきなり開始後六分でゴール。なかなか美しい規律のとれたシュートだなあと思った。そのあとはきっとロシアに押されてしまうのだろうな、なんて考え出したら落ち着かなくなってきたので、麦次郎はもちろん花子にもちょっかいを出してさらに気を紛らわせる。鳥もかまってやろうと思ったが眠そうだったので寝かしてあげた。そうこうしているうちにゴン中山が投入される。たしかこの人はオレと同年代、元気だよなあと呑気なことを考えていたら、とうとう試合終了。日本、初勝利。ああ、よかったね。ところで、サッカーやバレーボールといったスポーツでは「ニッポン」だけど、憲法だと「ニホン」なんだよなあ、統一性ないよなあなんてまたよけいなことを考えていたら、いつの間にかハイライトシーンやらインタビューやらも終わり、放送終了。----これがぼくのワールドカップ観戦流儀だ。サポーターの人がこの文章を読んだら怒りだすかな。

 「重力の虹」。暴走する断片。ようやく明かされるイミポレックスGの秘密。勃起するポリマー。 


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6月8日(土)
「立て続けにテレビ/金属アレルギーに時計を選ぶ余地なし/変なところで実感/記憶寸断」


 少々働き過ぎみたいだ。体のあちこちが故障しはじめていた。日課のストレッチを強化し、筋力トレーニングを徹底化することでなんとかバランスを維持してきたが、メンタル面のケアも肝心。懸案事項は山ほどあるが、今日と明日は完全休養にする。

 九時二十分起床。土曜日の定番「建もの探訪」「ののちゃん」「発見! ひざポン」を立て続けに見る。ああ、呑気な感じが心地よい。

 午後より外出。まずは上野へ。十五年ぶりに激安ショップ「多慶屋」へ行く。紫色に塗られたビルは昔と変わっていない。苦笑してしまった。ここに来てみたのは最近急に肌が金属アレルギーになってしまったために時計を新調しようと思ってのこと。肌に刺激の少ないものとなるとチタン製のものしか選べない。しかし、これが意外に少なくて困ってしまうのだ。メーカーがチタン製を唱っていても、実際は本体の裏蓋の部分がステンレスだったりする。ダメだ。これじゃかぶれちゃう。いろいろ物色するが、気に入ったモノが見つからず。しかたない。諦めて店を出る。8年くらい前に買ったセイコーの時計がたまたまチタン製だったので、それを引き続きつかうしかないな。外観はかなりぼろぼろになっちゃっているんだけど。

 新宿へ移動。英語以外のことばをしゃべる外国人が増えていてびっくりする。変なところでワールドカップ開催中を実感。西荻にこもっていたら、わかんないよなあ。伊勢丹にて、父の日のプレゼントを購入して帰宅する。

 夜はテレビを見ながらビールで晩酌。十時ごろより気を失う――居眠りしていただけだが。疲れが溜まっているみたいだ。今日は早く寝ようと思う。

 「重力の虹」。テキストの断片化とストーリーの大暴走。残り約100ページ。物語はどんな結末を迎えるのだろうか。

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6月7日(金)
「全身びしょ濡れ/波瀾万丈/パワーフード」


 八時起床。日差しだけじゃない、空気までがほんのり夏めいてきたような気がする。インコのうりゃうりゃは朝から水浴びに夢中。全身びしょ濡れだ。

 N社の物件が難航。クリエイティブの自由とレギュレーションの狭間で翻弄されっぱなしだ。思うようにモノを創れないことのもどかしさ。情けなくなる。

 昼食は「それいゆ」にて。はじめてピラフを注文。うわ、無難な味だなあ。十分美味しいのだが、ちょっと肩すかしを喰らったような気分。

 E社のDM、進行スケジュールの変更連絡が数度。波瀾万丈の予感。まあ、しかたない。与えられた日程と材料でベストを尽くすだけだ。

 夕食は「海南チキンライス ムーハン」にて。フライドチキンライスに香菜と揚げゆで卵マレー風カレーソースがけをトッピングして食べる。炊き立ての白飯と味噌汁がぼくのソウルフードだとしたら、こういったアジアご飯はぼくのパワーフードだ。

 「ニホン語日記2」。93年頃の政治ネタなどが続く。懐かしいなあ。
 「日本文学盛衰史」。夜雨の世界とインターネット。


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6月6日(木)
「意志疎通が問題」


 八時起床。花子が妙に騒いでいる。理由はわからない。猫とはそういう生き物だ。

 打ち合わせの予定が一本もない。朝から原稿に集中するも、コミュニケーション不足がいけないのか、得意先から何度も修正依頼が来る。ここまで意志疎通ができなかったのははじめて。反省。

 二十二時、帰宅。疲れたので今日は早く寝ようと思う。

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6月5日(水)
「箇条書きにて候」


●三十分の朝寝坊。
●治療は一旦終了。
●からだをもっとやわらかに。
●食後のダンベル。
●いかにもプロレス好きそうですね。
●軽く一発、コンテンツ企画。
●キュートなワイズのセットアップ。
●そうそうにみせじまい。


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6月4日(火)
「きつい一日」


 八時起床。夏のような日差しが睡眠不足の身体と脳みそに突き刺さってくる。よくもっているもんだ、とわれながら感心してしまう。

 午前中は慌ただしく赤字の対応など。隙を見つけて銀行へ。先日ヤフーオークションで落札したワイズのセットアップの料金を振り込む。到着が愉しみだ。

 午後より代官山のJ社へ。案件三つ分を一気に打ち合わせ。と書くと忙しさに火がついたように感じるが、昨日よりは落ち着いている。気分はいくぶん軽やかだ。

 帰社後、すぐに打ち合わせの案件に取り掛かる。デザイナーのL氏と電話、FAXで打ち合わせ。結局、二十二時にウチの事務所で顔を合わせて打ち合わせすることに。

 午前一時過ぎ、業務終了。徹夜、というほどではないがちとキツイ一日だった。あーあ。

 世の中はワールドカップの日本戦で大いに盛り上がっていたらしい。帰宅間際にMSNのニュースで結果を知った。



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6月3日(月)
「今日はめずらしくスポーツネタ兼回顧ネタ/鼻濁音で歌おう」


 世間はワールドカップで盛り上がっているようだが、仕事ばかりしているせいだろうか、ぼくの生活にはサッカーの「サ」の字も現れない。それどころか、ぼくの住む西荻窪全体がサッカーに無関心という感じだ――思い込み、偏見かもしれないが。

 サッカー少年だったころを思い出す。ぼくの生まれ育った茨城県古河市はサッカーが盛んな街で、当時は古河一高という高校が全国優勝を果たしたくらいだ。野球よりもサッカーという土地柄だったから、子どもたちはみなクラスでサッカーチームを結成し、市の少年団に所属してリーグ優勝を目指し競い合っていた。ぼくもそのうちのひとりだったわけだ。だが、幼稚園時代は病弱で喘息持ちだったせいか、小学校のころは体力もなく体育もどちらかというと苦手だったぼくは、チームではヘタッピなほうだった。日曜のたびに試合をしにあちこちの小学校のグラウンドへ出かけるが、ちょっとだけゲームに出て、交代して、負けて(これはぼくが悪いんじゃない。チーム全体が悪いんだ。な、キャプテンだった亀田よ!)、スポーツドリンク飲みながらお弁当食べて、帰る――というのがパターンになっていた。負けがパターンに組み込まれていたのが情けない。
 負けがかさんだせいか、チームにまったく貢献できなかったせいか、ぼくはサッカーに自信がなくなっていた。高校生のときは陸上部に所属し関東大会に出場したりしてブイブイいわせてていたのだが、体育の授業でやるサッカーはちょいと苦手だった。
 ところが。
 大学に体育の授業があった。内容は選択式で、ぼくは前期はサッカー、後期はテニスという組み合わせのプログラムをとることにした。4月からは週一回サッカーをやることになったのだが、これがびっくり仰天。めちゃめちゃいい思いをすることができたのだ。
 簡単に書けば、こういうことだ。ぼくがボールをもつと、誰も奪うことができない。ゴール前までブッチギリで独走して、ラクラクとゴールを決めることができたのだ。このとき、やっと理解できた。ぼくが下手だったのではなく、地域全体のレベルが異常に高すぎたのだ。
 あのころの快感は今でも忘れない。あの楽しさを知ってしまっているからだろうか、ぼくはサッカーは観るものではなくプレイするものだと信じ込んでいる。
 だが、サッカーはその授業以来まったくやっていない。気がついたら三十三歳、ブッチギリシュートを決めてから十五年経ったことになる。テレビやウェブサイトでサッカー関連のニュースを見ると、またちょっとだけサッカーをやってみたいなあ、なんて気がしないでもない。
 でも、その前に山ほどある仕事を片づけなきゃなあ。これから死ぬまで、ぼくは一生スポーツに熱中することはないと思う。

 なんて思いながら今日も一日中お仕事。異常な密度になんども圧倒されそうになるが、デヴィッドの「Camphor」を聞いて気を紛らわせる。二十三時過ぎ、なんとか予定の9割をおわらせることができた。あとは他の人に確認する必要があるものばかりなので、今日はひとまず帰宅することに。

 「ニホン語日記2」。鼻濁音について。ウルフルズの「ガッツだぜ」を鼻濁音で歌うと面白いかな、と思った。

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6月2日(日)
「脳内爽快/一段落/これでいいのだ。/西田幾多郎と比べるのはおかしいよね」


 八時三十分起床。暑い。とうとう夏が来てしまったのかと実感する。暑さは思考を妨げる。身体を動かしたいという衝動とだらけていたいという怠惰な欲望とのあいだを行ったり来たり――。でも今日は気合いが充実している感じ。休日出勤だというのに、気分が良い。
 午前中はA社のリーフレットの構成とコピーライティング。昨日はさっぱり筆が進まなかったのだが、今日はすっきりと頭の中を整理することができたせいか、能率良くすすめることができた。

 午後よりデザイナーのLさんに来ていただき、ウチの事務所のMacintoshでデザイン微調整の作業をしていただくことに。夕方、ウチのクライアントになるJ社のIさんがデザインチェックのために来社。「ウォーターブルーカフェ」のケーキを食べつつ作業を進める。紆余曲折の末、二十一時、作業終了。皆さん、笑顔で家路につく。一段落だ。

 イタリアンレストラン「イートプラス」で夕食。カフェ風のこじゃれたイタ飯屋だ。蛸のカルパッチョ、ブロッコリとパルメザンチーズのリゾット、ペンネ・アラビアータなど。可もなく、不可もなくといった感じ。十分に美味しいのだが、ごひいきにしている「トラットリア・ダ・キヨ」や「トラットリア ビア ヌォーバ」といった西荻を代表するイタリアンと比べると、ちょっと弱い。だが値段と味のバランスはいいと思う。コンセプトがカジュアルなのだから、同じような味を求めるほうが間違っている。これでいいのだ。

 「重力の虹」。前章以上にテキストが迷走している。こんなにも読者を混乱させる本、はじめてだ。西田幾多郎のほうが分かりやすかったような気がする。――思想書と比べるのも変な話だが。


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6月1日(土)
「ミクロな感じ/期待をしつつ」


 九時起床。今日から六月、天気も気温も少しだけ本格的な夏に近づいたようだ。衣替えをせねば。

 十時三十分、事務所へ。掃除などを済ませてから、少しだけお仕事。午後より案内状をいただいていたA-Netのサンプルセールに行く。レディスが多いので、ほしいものはない。カミサンは何着か買い込んだようだ。いいなあ。続いて銀座HMVへ。デヴィッド・シルヴィアンの「Camphor」を購入。ジャケットの美しさに感動する。どなたかが掲示板に「ミクロな感じ」と書かれていたが、見てみて納得。なるほどね。近くのイタリア料理店でパスタを食べてから事務所に戻る。

 夕方はE社のDMコンペのためのデザインチェック。デザイナーのLさんが仕上げたデザイン、まとまりすぎている点がひっかかってしまい、修正をお願いする。改めてコンセプトを8つほど出してみたら、Lさんも納得したご様子。期待しつつ、帰宅する。

 夕食は自宅にて韓国料理の「ダッカルビ」。こいつはビールが進みすぎていけない。酔っぱらいすぎたので、夜の読書は断念する。あーあ。



《Profile》
五十畑 裕詞 Yushi Isohata
コピーライター。有限会社スタジオ・キャットキック代表取締役社長。妻は本サイトでおなじみのイラストレーター・梶原美穂。この日記がちゃんと猫をテーマにしていないということは本人も自覚している。だが、猫に嫌われる理由は十分に読者に伝わっていると思う。

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